<六> 小論文(論述設問)~慶応大対策~Ⅱ
- 「国語」は本来縦書きですが、レイアウトの都合上、横書きとしました。御了承下さい。
本章では前章に引き続き「小論文」を考えてみたい。前章で扱った2013年度慶應義塾大学法学部の論述は脱稿したであろうか。皆さんは、どのように「考察」し何を「論旨」としてどのように「論述」したであろうか。各位の「成文」を拝読し、論評できないのがとても残念だ。では、お約束通り課題に即して「ガイドライン」を示してみたい。そもそも、入試科目としての「小論文」はどのように「考察」し、何を「論旨」としてどのように「論述」すればいいのか。無論、設問は「あなたの考えを自由に論じなさい」というものだから、何をどのように論じようが全て「自由」だ。「お好きにどうぞ!」ということだ。そう提起され、「ラッキー!」「楽勝!」……と、ほくそ笑んでいる諸君は「卒業」だ。諸君は「小論文」で合格点に達することは請け合いだ。しかし、「お好きに」といわれ戸惑い、脳裏に「???」が浮かぶだけという人たちもいるのではないだろうか(推察するに大多数?)。 これまで「条件」や「制約」こそがヒントであり、それらを手がかりとして「解」を導くことを至上命令としてきたのだから当然のことだ。
<六> 小論文(論述設問)対策Ⅱ
以下、「小論文」及び「論述設問」の「実践」を概観してみたい。
① 「五里霧中」「暗中模索」を逆手に取れ?!
先ずは、頭に思い浮かぶアイテムを、何でもよいのでとにかく書き出してみる。未整理でも構わない。前章の課題では、「内閣総理大臣のリーダーシップ」をバラバラにし、「内閣総理大臣」「リーダーシップ」のそれぞれに就いてでもよい。思いついた事項を次々にピックアップする。その際、ひとつの事項から連想ゲームのように連鎖的につなげていくことが肝要だ。そうして記され、並んだ様々なアイテム。 無論、未だ無秩序な状態のはずだ。それこそ、その段階の皆さんの脳の中の様子だ。これで、脳内を客観視できるようになる。客観視することで、「考察」が容易となる。次に、カオスをコスモスへと転換させていく。アイテムを整理していく。内容的に重複するものは削除し、直接的に関連している事項同士を組み合わせる。次第にチャートが出来上がっていくはずだ。秩序だったチャートになったら、そこで「考察」する。チャート上で「派生事項」が多いもの(要は繋がりが長いもの)、それこそ、「論旨」になり得る「論理の流れ」だ。そこを更に考察し、「論旨」へと繋げていく。「論旨」が浮かび上がってきたら次の段階だ。
もし、未だ「論旨」が見えなければ、チャート上に「そもそも論」を加えてみよう。「そもそも、内閣総理大臣にリーダーシップは必要か?」→YES? or NO? 二択だ。無論、諾否はどちらでもいい。そして、「何故?」となる。「考察」して、その「理由」を簡潔に記しておく。次に、「現状把握」だ。「現在の状況は、諾否のどちらか?自らの考えに即しているや否や?」→「即している」場合は、「どのように維持していけばよいのか?」という具体策へと「考察」を進めていく⇒「即していない」場合は「現状分析」へと進む。「何故、即していないのか? 原因は何か? 何が問題なのか?」→「原因」「問題」が明らかになったならば、「では、どうすればよいのか?」を「考察」していく。ここまでチャートが進めば、「論旨」に至る「論理の流れ」になっているはずだ。
② 急いては事を仕損じる?!
アイテム出しからチャート作成と進んだので、いよいよ執筆! とはならない。白紙の原稿用紙を前にして逸る気持ちは分かるが、そこをじっと堪えることが肝要だ。思いつくままにマスを埋め始めると、後で取り返しのつかない事態に陥る可能性があるので、要注意。重要なことは、最初にきっちりとした「構成メモ」を作成しておくことだ。チャート上に描かれた「論旨」と「論理の流れ」に基づいて、「序論部」「本論部」「結論部」(当該設問は約700字なので、それぞれ、100字・500字・100字程度が目安)で扱うべきアイテムを整理していく。「小論文」では「頭括型」が鉄則なので、「序論部」には「論旨」及びその端的な「理由説明」に相当するアイテムをまとめておく。「本論部」には、ふたつ程度の「論点(視点)」からのより詳細な「理由説明」(「具体例」等あれば尚よし)に相当するアイテム、更に予想される「反論」に応え得る事項も用意しておく。「結論部」には、「論旨」の換言、また、「自らとの関連」に繋がるアイテム(「他人事」ではなく「自らの問題」として論じることで、より説得力が増す)を当てておく。このようにして、「構成メモ」を作成する過程で「思考」することにより、各アイテムが整序され、「論旨に至る論理の流れ」に於いて「瑕疵」「矛盾」「飛躍」等の問題点の確認が可能となる。その上で、各アイテム毎の字数の目安を決めて、執筆となる。
以上が「執筆」までの「ガイドライン」の概要だ。
③ 「漱石枕流」「牽強付会」でも構わない?!
次に、「論旨」の内容そのものの「ガイドライン」を考えてみたい。重要なことは、入試「小論文」に於いて「論旨」の内容そのものに対する是非は問われないということだ。極端に公序良俗に反しない限り(たとえば、「殺人を是とする」という「論旨」に対しては、「小論文」以前に「人格」そのものを疑われる可能性あり)、「考え方の内容(論旨)」自体が「評価」の対象となることはない。つまり、どのような「考え方」でも構わないわけだ。評価対象となるのは「説得力」だ。採点者(読者)を如何にうならせるか(極論すれば「牽強付会」の「漱石枕流」であっても構わない)がポイントとなる。ということは、「論旨」は必ずしも「本心」である必要はないということでもある。できるだけ説得力ある「論理構成」が可能である「論旨」とすることが重要だ(それがたとえ「本心」と逆のスタンスであったとしても)。 要は、一種の「ディベート」と考えればよい。説得しやすい「論旨」を論じていくことが肝要だ。たとえば、「課題文型」で筆者の「論旨」に対する賛否を論述する場合、執筆者(受験生各位)の「真の考え方」に拘わらず、当然、「否」の立場の方が論じやすいということになる。何故なら、「賛」の立場では「課題文」を追認し、なぞるだけの論述になりかねないからだ(課題文筆者のロジックに優る「論理構築」を受験生が為すのは通常は不可能)。 「否」の立場で「問題点」を指摘する方が論じやすい。ここで例題をみてみよう。2013年度慶應義塾大学経済学部の問題を教材とする。下のリンクからダウンロード可能。
http://kaisoku.kawai-juku.ac.jp/nyushi/honshi/13/k14.html
「原子力発電所の再稼働問題」に関して、「設問A」ではふたつの新聞の社説の「見解の異同」を200字以内でまとめる(基本的には「現代文」の問題)。 そして、「設問B」が論述問題だ。「論題」は「原子力発電所の再稼働の賛否に就いて」。 設問条件として「論点」が提起されているので、とても考えやすい。1)「あなたの意見」に対し「異なる意見」からの「批判」。 2)それぞれの「意見の内容」。 3)両者の「対立の乗り越え方」。 以上の3点に就いて「400字以内で具体的」に述べよという設問だ。一種の「ディベート型」だ。先ずは「賛」「否」を決める。勿論、どちらでもよいのだが、提起されている論点に「異なる意見からの批判」があるので、その点は考慮する必要がある。一般的には「批判」の方が論じやすいので、そのことを念頭に置いて決めること。ここでは「否」の立場で進めてみたい。
*当該設問では「社説の掲載日以降の進展については、解答において考慮しなくてもよい」とあるが、来年度の入試でも原発問題は課される可能性があるので、参考の為に現状(2013年6月現在)をベースに考えてみたい。
「あなたの意見」は「否」、つまり、「原子力発電所の再稼働は認めない」ということだ。次に「理由」を「考察」する。 簡潔な「理由」の一例を挙げる。[2011.3.11の東日本大震災による福島原発の過酷な炉心溶融事故で原発の安全神話は完全に崩壊し、「安全な原発」という稼働の前提条件が崩れ、今なお15万人以上が避難しているという事故の収束も程遠い現状では、安全性を最優先させ原発はゼロにすべきであって、再稼働させずに廃炉のロードマップを作成するべきだから」といったものが一般的だろう。「課題文」としてのふたつの新聞の社説はそれぞれがおおよそ「賛」「否」の立場なので、「否」の立場(朝日新聞)の内容を参考にして論及することは必要だが、なぞるだけでは不十分なので注意したい。
次に、「異なる意見からの批判」だ。先程、「批判」の方が論じやすいと述べたが、争うことが不可能な「事実関係」以外は全て「反論」できる。「あなたの意見」で「事実」は過酷事故が起きたということ。これは無論、否定のしようがない。その他に関しては、たとえば、[「安全神話」というが、あらゆる知見に基づき構築された「安全基準」であったわけで、今回の事故は想定外であり、不可抗力の「災害」だ。 だからこそ、今回の教訓を活かして原子力規制委員会を発足させ、現状で考え得るあらゆる
シビアアクシデントに対応した新たな「規制基準」を策定したではないか。 今後も新たな知見に即応してそれを改定いていけばいいではないか][「事故の収束も程遠い」というが、政府は2012年12月に収束宣言をしているではないか(安倍総理は2013年2月に衆議院予算委員会に於いて「事実上」撤回する見解を表明しているが、正式に政府としては撤回していない)][50基のうち2基の原発しか稼働していない現状で、日本の電力供給はまさに綱渡りの状況であり、火力発電用の天然ガス等の急激な輸入増加で貿易収支は大幅な赤字が続いている。このままでは日本経済はますます疲弊していくのであって、持続的な発展のためには安価で安定的な電力供給が不可欠だ。原発以外の電力供給システムが構築されていない以上、「原発ゼロ」は非現実的であり、「再稼働」が欠かせない]等の「批判」が可能なはずだ。
そして、両者の「対立の乗り越え方」ということになる。これはなかなか難しい。両者の「意見」をパッチワークするだけでは「乗り越え」たことにはならない。「止揚」(アウフヘーベン=矛盾・対立する事象、立場を統合統一しより高次な段階へと導くこと)させなくてはならない。両者の対立点を改めて整理してみる。
「安全性」に就いてはどうか。「あなたの意見」(「A」とする)では、「安全性」は完全に否定され、再稼働反対の論拠となっている。 「異なる意見」(「B」とする)では、考え得るあらゆる状況(想定内)に対応した原子力規制委員会の新たな「規制基準」があり、「安全性」に問題はないとしている。確かに、両者は対立しているようだが、本当にそうであろうか。Bの「意見」に注目したい。「安全性」の根拠は新たな「規制基準」なのだが、それはあくまでも「想定内」との前提がある。しかし、「想定外」の過酷事故が実際に起きてしまった。つまり、Bにしても原発の「絶対的安全性」を担保できないわけだ。だからこそ、「現状で考え得る」と留保をつけざるを得ないのだ。畢竟、Bも「絶対的安全性」には論及できないのであって、その点では実は両者は対立していないことになる。従って、想定外のシビアアクシデントの結果、再び未曾有の被害が発生する可能性は否定できず、「人類と原発は共存できない」という「理念」は両者で共有できるはずだ。これによって、「安全性」に就いての「対立」は「乗り越え」られることになる。
次に「経済性」に就いてだ。Aは「経済性」には特に論及しておらず、一方、Bはその点を批判し、「経済的側面」を論拠として「再稼働すべし」としている。確かに、現実的に考えれば「経済性」を無視することはできない。ただ、ここで「命か? 金か?」となると不毛な「神学論争」となってしまう。そこで、再度、両者の「論旨」を確認してみる。Aは「安全性は全てに優先すべきだ」という立場であり、片やBは「経済性を無視するのは現実的ではない」とする。要は「理想論」と「現実論」だ。このままでは噛み合わない。では、どうする? 虚心坦懐、先入観を捨てて考察してみる。すると、Bの「論旨」に何かトリックがあることに気づかないだろうか? 「現実的」であるが故の「誤魔化し」だ。Bはあくまでも「現状追認」を前提としているのだ。「現状」の是非を考慮せずに、絶対的是認事項として論じているのだ。半世紀に及ぶ「原発推進」という「国策」を墨守しようという立場なのだ。3.11以降、一旦は民主党政権に於いて根本的な「エネルギー政策」の検討がなされたにも拘らず、再び元に戻して「現状追認」しようという安倍政権や、一貫して「原発推進」を崩していない電力各社と同じ立場だ。Bの主張する「批判」に関しては、その点を捉える必要がある。たとえば、火力発電の問題。「天然ガス等の急激な輸入増加で貿易収支は大幅な赤字が続いている」としているが、確かに「現状」ではその通りだ。しかし、それは「火力発電」を原発の一時的な「代替物」と捉えているからではないか。だからこそ、輸入相手国に足元を見られて価格交渉ができない。更に、より安価な燃料(シェールガス等)や新たな燃料(メタンハイドレート等)、より熱効率の高いタービンへの転換などを大胆に進めることに及び腰になっているのだ。「脱原発」へと完全にシフトすれば、本格的に取り組まざるを得なくなり、必ずや局面打開はできるはずだ。何より、電力各社自体が経営努力をせざるを得なくなる。また、「原発以外の電力供給システムが構築されていない」との「批判」に対しても同じことが言える。これまで「現状追認」の姿勢から「構築」してこなかっただけであり、官民挙げて一気呵成に進めれば短期間での「構築」は可能だ。現に、「電力自由化」や「発送電分離」等のシステム改革は始まっているのだ。それに抵抗しているのが電力会社自身であり、現政権だ。これまた、「原発ゼロ」をエネルギー政策の基本として確定(そもそも民意の過半が「脱原発」であることは各種世論調査で明白)すれば、事態は一気に動くのだ。ここに、まさに「乗り越える」手がかりがある。無論、こうしたパラダイムシフトは一朝一夕にはいかない。だが、シフトしなければ何も始まらない。その上でロードマップを策定する。そこから「原発再稼働」の是非も考えるべきだ。
改めて、「乗り越え方」をまとめてみる。AB共に究極的には「原発の絶対的安全性」はあり得ないということで一致しているので、「原発ゼロ」を基本的政策として掲げ、それに向けての具体的ロードマップを話し合いの上で策定し、その間に於いて正確な電力需給(国民的総意として「節電」目標も確定しながら)に基づき、どうしても一定期間の「原発再稼働」が必要なのかを検討し、必要な場合は新たな「規制基準」の下で最低限の「再稼働」を認めることも是とする。こうした論述ができるであろう。
以上で設問条件としての3点に就いての「論述メモ」がまとまったことになる。後は、字数に応じての執筆となるわけだが、こうした設問条件が付されている場合、「序論」「本論」「結論」といった原則的な「構成」に拘らず「条件」に応じて論述していくことになる。
これにて、2章に亘って論じてきた「小論文対策」は終了としたい。「解答例」は示さない。前にも述べたように、「解答例」には何ら意味はなく、皆さん自身 が「考察」し「論述」した「成文」を個々に論評し、皆さん自身が推敲、練り直していくという過程こそが「小論文」を上達し得る唯一の道と考えるからだ。こ の点は御理解、御了承頂きたい。
ということで、次章の「予告篇」。 東大志望の皆さん、お待たせしました。第7章は[高度解法(記述設問中心)](東大等旧七帝大対応)。