2010年医学部新設の動き(2010.5)
2010年医学部新設の動き(2010.5)
今年2月下旬、朝日新聞が注目すべき記事を掲載ました。「医学部新設、3私立大が準備 認可なら79年以来」(2月21日)がそれです。
同記事は「国際医療福祉大(本校・栃木県大田原市)、北海道医療大(北海道当別市)、聖隷クリストファー大(静岡県浜松市)の3つの大学が医学部の設置」 を検討し、その認可を申請する手続きのために、学内に検討組織を立ち上げたと報じています。医学部が最後に作られたのは1979年の琉球大まで遡ります。 それ以後、国は医療コストの増大と医師の過剰を抑えるため、私立を含めて医学部の新設を凍結してきました。現在、全国には国公私立合わせて80の医学部が ありますが、もし凍結が解除になり、医学部の新たな設置が認められたとしたら、約30年ぶりの誕生となり、その影響は大きいでしょう。早大や同志社大など 医学部設置を悲願としてきたメジャー大学も相次いで名乗りを上げ、医学部の受験はさらに過熱する可能性があります。
このような変化の背景には、やはり政権交代の影響があります。09年の総選挙で民主党は医師の大幅増をマニフェストに謳い、暮れのあるシンポジウムでは、文科省の副大臣が従来のいきさつにとらわれずに、医学部新設の検討を行うというニュアンスの発言をしています。
前記3大学が申請の準備に入ったことは、その後、他のメディアでも伝えられたので事実としてほぼ間違いないでしょう。これに対して全国医学部長病院長会議 は「新たな医学部の増設と急激な医学部定員増に対する慎重な対応を求める請願について」と題する要望書をまとめ、鳩山由紀夫首相らに提出しました。その要 望書では、医学部の定員増や新設に対応するには、教員として地域の勤務医を大学に引き揚げる必要があり、結果的に地域医療の崩壊が進むとする見解が述べら れ、現段階での新設に反対の態度が表明されています。
さて新設の実現可能性ですが、その前にひとつ考えておくべき課題があります。それはどの地域に医学部を作ることが緊急なのかという問題です。
前述のように、全国には国公私合わせて80の医学部があり、しかも各県に最低1つはあります。この点からすれば「平等」にも思われますが、実態はそうとも いえません。人口当たり医学部卒業生数は、圧倒的に西高東低だからです。例えば九州の人口は1320万人で10の医学部があり、年間約1000人の医師を 送り出しています。四国の人口は401万人で、4つの医学部があります。これは、人口1300万人で11の医学部がある東京と同レベルの割合です。一方、 茨城・埼玉・千葉県の人口は合計1630万人で、医学部は4つしかありません(しかもそのうち1つは防衛医大)。東北地方も人口970万人に対して医学部 は6つ。東日本は明らかに西日本より数の上で劣っているのです。
東大医科学研究所の上昌弘氏の説によれば、九州地区の医学部は歴史が古く、長崎大、鹿児島大、熊本大などは西役所医学伝習所や藩医学校が前身になってお り、このような藩校は戊辰戦争で勝利した官軍の中核となって、明治以降にも西日本をベースに医学部が作られていったそうです。一方、戊辰戦争で幕府の賊軍 についた藩の地域は医学の整備が遅れ、特に会津藩にあった日新館の医学校は取り潰されてしまったという事実もあります。
話が少しそれましたが、医学部を作るのならこういった医師養成の偏在状況を踏まえて考えることも必要でしょう。前掲の3つの医学部申請が認可されるかどうか、今の国の財政状況を見ると可能性は五分五分といったところかもしれません。
情報提供:安田教育研究所