「大量のプリント」「細分化したクラス」SAPIXでつまずきやすいポイント
中学受験の男女御三家において、高い合格率を誇る大手進学塾SAPIX。そのカリキュラムは、復習に重きを置いており、プリントや小冊子のテキストなど、家庭学習の比率が多いことが特徴です。
SAPIXに通うお子さんには、どのような学習サポートが必要なのでしょうか。中学受験のプロフェッショナルである塩津先生、小池先生、長塚先生にお話しいただきました。
(聞き手:フリーライター 井上マサキ)
インタビュー 目次
Professional of Leaders’Brain
塩津先生
■プロフィール
應義塾大学卒
“わかったつもり”を見逃さない徹底した足固め指導を重視し、親子共に最後に達成感を感じられる受験へと導きます。
Professional of Leaders’Brain
長塚先生
■プロフィール
千葉大学卒
「できないこと」よりも「できたこと」に焦点を当てながら上手に褒め、生徒のやる気を引き出す指導を心掛けています。
Professional of Leaders’Brain
小池先生
■プロフィール
横浜国立大学卒
楽しく軽快でテンポの良い授業で、わからなかったことが、いつの間にか不思議と理解できるようになっていきます。
小テストの点数は良いのに、定期テストの点数が悪いのはなぜ?
――SAPIXに通われるご家庭からは、どのような相談をされることが多いのでしょうか。
塩津:SAPIXに通われているご家庭からよく伺うのは、「宿題の量が多い」「配布物がたくさんある」というお悩みですね。他の塾では、半期分の厚いテキストを渡されることが多いのですが、SAPIXの場合は小冊子になっています。さらに、毎週たくさんのプリントが配布されますから、ボリュームに圧倒されるご家庭が多い印象です。
小池:プリントの量は他の塾に比べてとても多いですね。プリントが整理しきれず、手をつけてないプリントが後からたくさん出てくる、というのもよく聞きます。もちろん、すべてのプリントをこなすことが理想なのですが、現実問題としてあの量を解けるのは、ごくわずかでしょう。
塩津:確かに「テキストをすべてやらなければ」と焦っている親御さんも多いです。実際はクラスごとに重点を置くポイントが決まっていて、事前に保護者会などで説明もされているのですが、親御さんがカリキュラムをすべて把握することはなかなか難しいですよね。プリントを整理するとともに、どの問題を優先して解くべきか取捨選択をしなければなりません。
――授業の進め方についてはいかがですか?
長塚:SAPIXが「復習型」なのも、ご家庭でつまずきやすいポイントかと思います。「授業に集中してもらいたい」という趣旨のもと、生徒は予習せずに白紙の状態で授業を受けています。裏を返せば、授業を100%理解しなければ家庭での復習が困難になってしまうんですよね。
小池:そうですね。中堅から下のクラスになるほど、授業を聞くよりも、板書を書き写すのに精一杯になってしまいます。ノートは書いているのだけど内容を理解しておらず、読み返してもわからない。結局、宿題の答えを丸暗記してしまい、「小テストでは点を取れるのに、定期テストの結果がふるわない」ということになってしまいます。
長塚:宿題は答えも配布されているのですが、授業の内容を前提に書かれているので、親御さんが答えだけ見ても子供に説明できないことが多いんですね。そうした家庭学習のサポートとして、家庭教師を依頼されるケースも見られます。
下位クラスの子のほうがやる気を引き出しやすい理由
――SAPIXはクラス分けが細分化されているのも特徴のひとつだと思います。
長塚:そうですね、ご依頼いただく際も「上位クラスに上げたい」という要望をよく伺います。
塩津:クラスが上がるチャンスは、月1回の「マンスリーテスト」と、数ヵ月に1回の「組分けテスト」があります。マンスリーテストは校舎にもよりますが、結果によって上下に2〜3クラス変動することがあります。一方の組分けテストは、結果に応じてすべてのクラスに生徒を割り振っています。
SAPIXは、3~4クラスを「ブロック」と呼ばれる単位でまとめているのですが、最近は新たに「ブロック内での変動」も取り入れていますね。毎週行われるテストの結果によって、ブロック内でクラスを上下に変動させています。
小池:競争心をあおるような形ではありますが、自分の位置を可視化する意味もありますよね。
塩津:他の塾でもいえることですが、個人的にはクラス分けは合理的なものだと思っています。その子の学力に合ったクラスで授業を受けられるわけですからね。競争に不安を感じる親御さんには、「本人のためと思って前向きにとらえましょう」とお伝えしています。
長塚:下のクラスになったとしても、そこからの伸びしろはとても大きいですからね。4、5年生の場合、1ヵ月で学習した範囲を一通り押さえることで、マンスリーテストの点数はぐっと良くなります。2段階、3段階とクラスが上がれば、本人のモチベーションにもつながりますし。算数が大の苦手だったのに、クラスが上がることで楽しくなり、自分から得意科目に変えていった子もいましたね。中堅から下のクラスのほうがジャンプする幅が大きいので、やる気を引き出しやすいと感じます。
塩津:6年生になると、マンスリーテストの範囲が変わってくるので注意が必要ですよね。一週間で学習する分量が格段に増えますし、受験に向けて徐々に「小学校での学習範囲すべて」が対象になっていきます。どこから問題が出るかわからない状態でも、しっかり点数を取れるような指導を心掛けていますね。
小池:私も、過去のマンスリーテストを踏まえて計画を立てますね。どういう問題で点を取れていて、どこが理解できていないのかを分析するようにしています。難しい問題を解こうとする以前に、まずは基本的な問題で失点をなくしましょう、と方針を立てることが多いですね。
最終目標は「テストの点数」ではなく「志望校の合格」
――SAPIXの教材について、効果的な使い方などありますか。
塩津:「基礎力トレーニング」「基礎力定着テスト」を通じて、基本的な問題をしっかり復習する。200点満点のテスト「デイリーチェック」については、満点を取るよりも、計算問題などの基本問題を重視する。これらが1週間のあいだにできているかどうかが、指導計画を立てる上での指標になりますね。やはり基礎力が大切ですから。
小池:デイリーチェックとの向き合い方は、私も塩津先生と同意見ですね。基本問題は配点が低いため、点数に結び付かないのですが、だからといって配点の高い難問に手を出すのは本末転倒でしょう。成績に悩むなら、最初の50点分がお子さんにとって必要なんです。SAPIXに限りませんが、成績で伸び悩んでいる子は学力があるにもかかわらず、ちょっとしたミスで点数を落としてしまいがちです。逆に言えば、そこをケアして土台を固めることで、あっという間に成績が伸びるようになります。
長塚:実際の入試問題でも、点数を取るためには最初の大問1つ2つを確実に正解して、後半にある難しい問題も取っていくことが大切ですしね。やはり、基本問題を繰り返しこなすことで、しっかり定着させることが大事だと思います。
塩津:基本を大切にする理由はもうひとつあって、中学受験全体の流れとして、突拍子もない難問が最近減っている印象があるんです。その代わり、定型のパターンがたくさんあり、10年、20年前に比べると子供たちが覚えるべき分量は増えてきている。たとえ上位層でも、基本問題を取りこぼしなく正解できるかで、合否が分かれると考えています。
プロ家庭教師に求められる「2つのアプローチ」
――最後に、SAPIXの生徒に対するプロ家庭教師の役割についてお聞かせください。
小池:どのプリントを優先すべきかや、どの難度の問題を相手にするべきかなど、つまるところプロ家庭教師の役割は「課題の取捨選択」にあると思います。特にSAPIXは物量が多く、塾から与えられたすべてをやろうとするとパンクしてしまいがちです。かといって、どれが必要かを親御さんで判断するのは難しいでしょう。
塩津:「どれが必要か」は、志望校によっても変わりますしね。もちろん、塾でも志望校のレベルに合わせた対策はしていますが、生徒一人ひとりの志望校にきめ細かく対応できるとは限りません。同じ難度の学校でも、問題の傾向がまったく異なることもしばしばあります。そこで、我々が過去の経験を基に、「この学校を狙っているならこの単元は必須」「この学校はこの単元はあまり出ません」と、的確にアドバイスをしていく。よほど上位を狙わない限り、大人も悩ませるような難問は不要ですし。
小池:私も、お子さんからものすごく難しい問題について質問されることがあるんですが、「まぁ、これはやらなくていいよ!」と軽いノリで答えたりしていますよ。親御さんとお子さんのあいだに家庭教師が「緩衝材」として入ることで、「全部やらないと合格できない」「解けないと怒られる」といったプレッシャーから解放してあげられればいいですね。
長塚:上位層は上位層で、合格する子は食事とお風呂以外はずっと勉強していたりしますから、プレッシャーも相当ありますしね。裏を返すと、中堅から下のクラスの子は「勉強している」といっても、まだ足りていないことが多くあります。勉強時間が足りないだけでなく、間違えた問題を振り返らないなど、勉強に対する意識も足りていないことがあります。家庭教師は、その不足分を補完する存在でもありますよね。
小池:そうですね。何が足りないかを明確にして、何が必要かを取捨選択する。この2つのアプローチで結果を出すことが、プロの家庭教師に求められる役割ではないでしょうか。